聖火が長野に近づいている。
聖火リレーのスタート地点となる善光寺が先日、場所提供を辞退した。「文化財や信者の安全の問題と、チベット問題を考慮した」というのがその理由だ。ちなみに善光寺では、1日200件を超える抗議の電話がよせられていたという。実際、掲示板やブログで、善光寺への抗議を呼びかける書き込みを目にした。辞退を表明した今ごろは、おそらく北京サイドの支持者から抗議がよせられていることだろう。チベット問題をめぐる抗議行動の矛先が、思わぬところに向いている感がある。
長野での聖火リレーは、長野市民ばかりでなく、中国政府にとっても大きな懸念事項となりつつある。
五大陸をめぐる聖火が先々で遭遇するデモ騒動は、中国人民の愛国心に火をつけてしまったようだ。昨日は、チベット問題をめぐるフランスの対応に抗議するため、カルフールを標的にした不買運動と抗議デモが中国各地で起った。ネット時代の学生たちの集結力に、中国政府はあわてて火消しに廻るはめになっている。
日本人による抗議行動が中国人民を刺激することがあれば、再び、2005年のような反日デモをひきおこす恐れがあるとの指摘がなされている。オリンピック開催時には日本選手への反日ブーイングが待ちかまえることになるだろう。中国政府も愛国運動の高まりが制御不能になることを警戒している。
長野へも中国からの留学生が聖火を守るために集結するようだ。海外に居住し、様々な情報を受けとることのできる彼らが、なぜチベット問題をめぐる抗議に反対するのか。その認識や心情を知る必要もありそうだ。
チベット政策をめぐるチベット人と中国当局の対立に端を発した抗議行動が、いまや当時者とは関わりのない対立を生み出している。チベットにおける人権侵害の現状に目を向けることは大事なことであるが、世界各地で繰り広げられる抗議行動から、当事者たちの声が聞こえてこないことが気にかかる(ダラムサラなどで生まれた亡命二世たちも、厳密には中国における人権侵害の当事者ではない)。こうした代弁者たちの申し立てが、中国人民をいらだたせているのは、故無しともいえない。
中国政府が国際機関による調査を受け入れ、チベットにおける基本的人権が改善されるために、いかなる働きかけ、いかなる行動が有効であるのか。あらためて考えさせられる。
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山野 智恵
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このたび、『蓮花寺佛教研究所研究紀要』第一号を創刊いたしました。研究所発足より半年の準備期間を経て、ここに一年間の研究成果を発表することができました。関係各位のご支援、心より感謝申し上げます。
当研究所では、昨年より総合研究テーマとして「仏教と経済」を掲げ、研究を推進しております。本号は創刊号に当たりますため、総合研究につきましては、「蓮花寺佛教研究所彙報」にて経緯を記録しておりますが、論文は個人研究論文のみの収録となっております。
収録論文
小林 崇仁研究員 施暁と梵釈寺
髙橋 秀城研究員 国立国会図書館蔵『宥快法印御物語之事』翻刻
遠藤純一郎研究員『顯密圓通成佛心要集』に於ける顕密観
遠藤純一郎研究員 覚苑撰『大日經義釋演密鈔』に於ける華厳と密教の関係性について
遠藤 祐介研究員『達性論』論争について
山本匠一郎研究員 真言宗の安心論 - 那須・渡辺論争をめぐって-
山野 智恵研究員 シュリー山のナーガールジュナ
A5判 224ページ
一部1,000円 送料500円
『蓮花寺佛教研究所紀要』購読ご希望の方、お問い合わせは
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チベット問題と一言にいっても、これはチベット自治区における民族対立にとどまらない様々な問題を含んでいるように見える。
まずは中国という国自体における人権問題や経済格差の問題がある。近年、土地の強制収用や地方行政への不満が引き金となり、大規模な抗議行動に発展するケースが増えている。これらの抗議行動の参加者が、武力行使によって弾圧され、あるいは不当に逮捕され、公正な裁判の機会を与えられずに長期間拘禁されるような事態は、チベット自治区に限らず、中国全土でおこっている。
表現や結社、集会の自由といった権利の行使に対して、中国当局が過敏に反応するのは、この権利の行使が大衆の不満のはけ口となった時、一党独裁の政治体制を揺すことになると十分認識しているからだろう。今回の抗議行動は、欧米の人権団体が監視を続けているチベット自治区で発生し、また多数の死傷者を出す結果となったため、海外のマスメディアに大々的にとりあげられたが、ほとんど知られることの無いまま鎮圧されている抗議行動は数多くある。
今回の一連のデモは、こうした経済格差によって引き起こされた抗議行動の一つとも見ることができるが、チベット問題は、共産党にとって、もっと頭の痛い問題を孕んでいる。1989年にラサでおきた大規模なデモの3ヶ月後に、天安門事件が起ったという過去がある。チベットの独立要求は民主化運動と密接に結びついている。また、この独立要求は、東トルキスタン、モンゴル、台湾にも影響してくる。チベット問題が、共産党の急所であることは間違いない。
そして、温家宝が「チベット問題は中印間の敏感な問題である」と述べていることからも明らかなように、これは国際問題でもある。2005年、インドを訪問した温家宝はマンモハン・シンと会談し、印中が戦略的パートナーシップを結ぶことで合意した。この合意において、インド側は、チベット自治区が中国の領土の一部であり、インド国内でチベット人が反中国の政治活動を行うことを認めないとする立場を明らかにしている。そして、今年の一月にはマンモハン・シンが中国を訪問し、投資や貿易、エネルギー問題、環境問題などで印中が協力し、戦略的パートナーシップをさらに強化することで合意している。
こうした印中の関係強化の影で、インドのチベット難民は、現在、困難な状況に追い込まれている。チベット自治区での武力鎮圧に先だって、3月13日、ダラムサラ近くのデーラで、北京オリンピックに反対してデモ行進をしていたチベット人と人権活動家、約100人がインド当局に逮捕された。ダライ・ラマが退位まで示唆して、チベット人に自制を促した背景には、インドのチベット難民十万人の置かれている厳しい状況がある。
インドだけではない。日本を含む各国が、口ではチベット問題に懸念を示しつつ、国際社会の中で絶大な経済力をもって台頭してきた中国と友好な関係を保ちたいのは明らかだ。これまで対中包囲網の一環としてチベットを支援してきた米国までもが、オリンピックのボイコットは考えていないと明言した。チベット人を困難な状況に追い込んでいるのは、ひとり中国だけではないという事実を国際社会は認識する必要があるだろう。
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山野 智恵
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