蓮佛研(偽連載)コラム第五回「水銀の聖地」

 熊野地方が世界遺産に登録されて、かれこれ10年を経たことであろうか。私の訪れた八月末の平日は、さほど旅客も多からず、一時期の過剰な熱気は少しく落ち着いたかのように見えた。

丹生都比売一鳥居 旅の途中に立ち寄った丹生都比売神社も、実にのどかな有り様であった。参拝客も数組ばかりで、ぽつねんとたたずむ鳥居を見た時には、ありふれた地方社かと錯覚するほどであった。神殿へと導く太鼓橋も補修中とのことで、一の鳥居からは、工事用に囲われたシートを見るだけであるから、無理からぬことだ。

丹生都比売神社拝殿 二の鳥居の手前まで来て、やっとその神殿は姿を顕わすことになった。うっそうとした木々の暗がりの奥で陽の光に耀く姿に、自然と足も止まる。峻厳としながらも柔らかな美麗さを湛え、実に女神に相応しい設えだ。

高野山開創

 祭神の丹生都比売は、空海との結び付きが強い。

 空海を高野へと導いた狩場明神、そして彼の土地を空海に譲った丹生明神。もとより金剛峯寺は、彼の神々と固い紐帯で結ばれている。今年、高野山開創1200年を記念し、神仏分離を経てこれまで断絶してきた「柴灯護摩」「舞楽曼荼羅供」も復活されたとのこと。ここに来て神仏は復縁の道を歩むのだろうか。

 嵯峨上皇より高野山を賜った空海は、彼の地に勢力を有した丹生祝氏に援助を求めた。彼の氏族の氏神が丹生都比売であったのだ。女神が高野山の鎮守神におさまる背景を歴史学はそう語る。しかし、宗教的に換装されてこそ、言葉は力を持つ。

丹生大師1 丹生大師2 『丹生大神宮之儀軌』 三重県多気郡多気町に在る神宮寺、通称「丹生大師」の歴史を伝えたものだ。勿論、史実などではなく、中世お得意の偽書である。

 彼の書によれば、空海は狩場明神の二匹の犬に導かれて高野山へと至るのだと言う。何やらどこかで聞いたような話だが、ここで終いにならないのが偽書の真骨頂。空海はそのまま高野に留まることなく、天照太神の託宣を受け、三重県の丹生山へと向かうのであった。お供は変わらず、あの二匹の犬だ。その山中、空海の施主となった女神、丹生津姫の再度のお目見えとなる。丹生津姫は天地開闢の時よりおわす神であるとか、狩場明神は彼女の息子であるとか、更には天照太神の妹であるとか、女神の口を通して存外の祕密がここで続々明かされる。しかも、丹生山が女神の住処だなどと教えるものだから、空海も「高野で堂塔を建立しようとしているが、先ずこの地に住してて寶宮を造ろう」と言い出す枝末だ。

丹生鉱山 『丹生大神宮之儀軌』は、丹生山を空海の足跡を通して高野山と接続し、また類似のモチーフを反復させながら、見事彼の地を聖地に仕立て上げた。多気町は古代より水銀の産地でつとに知られており(写真は丹生鉱山跡)、彼の聖地化のプロセスもそこに一つの濫觴を見ることになるのだろう。

 水銀が丹生都比売を呼び、
 丹生都比売が空海を呼ぶ。

 宗教テキストの力を味わう旅になりそうだ。

(研究員・遠藤純一郎)

蓮佛研(偽連載)コラム第四回「神様もつらいよ」

日本人が神に祈るとき、それはおよそ「神頼み」に尽きるかもしれない。

神道祭祀の要件として、無心に祭ることが要求されてはいるが、我ら凡夫が神の利益もたのまず、無心に祈るなどということは、なかなかに希有なことではあるまいか。もちろん、こと伊勢神宮に限っては、今もなお私的な祈願は厳に慎まれてはいる。とは言え、公共交通機関の広告スペースを駆使してまで、参拝客に注意喚起を要するという具合であるから、「神にはお願いをするもの」との了解はそれだけ強固に共有されているということなのであろう。

そもそも世俗の人間と神との関わりは、「利益」、或いはそれとは逆の「障害」に色分けされる。利益するでも障害するでもないような、ナンデモナイ神を、人は神として畏れることはまず無いだろう。その意味では、「神にはお願いするもの」との捉え方は、きわめて自然な心情に基づくものだ。

神に利益が期待されれば、その願いにすぐさま応じる神に人は集まる。人間というのはなんとも気まぐれなものだ。爆発的人気を誇りながら、すぐさま忘れ去られてしまう一過性の流行神はやりがみさえ居られる始末。人の気分に振り回されるようでは、幣帛に預かる神も思いのほか楽ではない。それでも、時代を通じて現世利益が聖天様に期待されるのは、その抜群の実行力を示せばこそなのだろう。

利益を約束する聖天様は(人間の勝手乍ら)誠に有り難い存在ではあるが、その祭祀は他の神明以上に神経を使う。祭祀がお気に召さないと、すぐさま障礙を下す容赦の無さだ。聖天様を本尊とする寺院の住職などは、まず長期の旅行で留守ができない。機嫌を損ねては大変なのだ。そのかわり、余所では考えられような奉納が立て続けに舞い込むのだとも聞いている。まさにハイリスク・ハイリターンを地で行く投資のような信仰だ。

聖天様の性格故、リスクについては如何ともしがたいが、リターンを確実にする裏技が『渓嵐拾葉集』にこっそり書いてある。

聖天ハ女天ナリ。世間ノ妻室ノ如く、假令世事ノ祈訴訟等ニモ、内方ニ屬シテ執啓スル時ニハ、速疾ニ成就スル也。今、此ノ天モ亦復タ是ノ如シ。仍テ女天ヲ祈念シ奉ラバ、一切事ハ速疾ニ成就スル也。

男神に祈るより、女神に祈れと言う。なにしろ人間世界と同じく、女房の方が強いらしい。

嗚呼、神に御坐すも決して楽じゃない。

蓮佛研(偽連載)コラム第三回「清浄歓喜団にまつわる色っぽさ」

言うまでもなく、清浄歓喜団は実にやんごとない。
聖天様に供され、一部の貴人だけに賞味の許された特別な菓子だ。龜屋清永さんの口上によれば「七種の香」は「清め」を意味し、意匠の「八つの結び」は「八葉の蓮華」を象徴しているとのことだ。しかも、天台の阿闍梨の指導に基づき作られたと言うのであるから、「八葉の蓮華」はきっと胎蔵中台八葉なんかを意味するのかもしれない。まさにその名に冠された「清浄」に恥じぬ仕上がりだ。

さて、ここまで「清らか」だと言うのなら、一体どこが「色っぽい」とでも言うのか。
実は、菓子そのものより、聖天様の方にその原因が有る。

 

むかしむかし、南天竺國に意蘇賀(別名:鼻長)という大臣がおりました。どうもこの大臣、こともあろうに、皇后様と大変に仲良し♡になられてしまい、いつぞやか王様の知る所となってしまいました。勿論。王様は平静ではおられません。烈火の如くにお怒りになり、大臣を亡き者にしてやろうとお考えになりました。王様は宴席をととのえ、大臣を王宮に招きますと、予め大臣の酒に象肉の毒を盛っておいたのでした。果たして王様の企み通り、大臣はまんまと毒酒を飲み干してしまったのです。しかし、大臣の運はまだ尽きてはいませんでした。皇后様は使者を呼び、「あなたは毒酒を飲んでしまったので、翌日には命を失うことになりましょう。急いで雞羅山に行ってください。身に油を浴びて、羅蔔根を食べて解毒して下さい。」と言付けたのです。大臣は急ぎこの忠告に従い、一命を取り留めることができました。ひとまず安堵はしていたものの、今度は、大臣の心にふつふつと怒りがこみあげてきたのです。

「こうなったら、一切衆生に対して障蓋をもたらす神になってやろうじゃないか!」

なんともおかしな言い分ではありますが、命を狙われたとなると、そういう気持ちにもなるものでしょうか。怒りのあまり、大臣は大荒神(毘那夜迦)となってしまわれました。大臣は勢いに任せて王宮になだれこみます。大荒神となって、しかも五億八千那由他もの仲間を引き連れてやって来るのですから、王宮は大混乱です。
皇后様は事の次第をお聞きになると、家臣の者に告げられました。

「この大臣は私と密契が有ったのです。私に彼を任せなさい。私なら彼の惡心を改めさせることができましょう。」

王様は皇后様に大荒神の説得に向かわせました。大荒神は皇后様の姿を見るや、今までの怒りをすっかり忘れたように大いに喜ばれた(歡喜)のでした。

「あなたは、随分と変わってしまわれましたね。すっかり大惡神と成ってしまわれました。私は一切衆生の爲によりどころとなって、大慈悲を發しているのですよ。私と願いを同じくするなら、あなたは惡心を改めて大慈悲を生じることができましょう。」

大荒神はすんなりと皇后様のおっしゃることを聞き受け、大慈悲心を生じて誓われたのでありました。すると皇后様は身を大臣に任せ、大臣は歡喜心を生じて皇后様をしっかりと抱きしめられたのです。今の尊像のお姿は、その時の様子を伝えているとのことです。

 

『渓嵐拾葉集』によると、聖天様にはこんなロマンスが有ったのだ。しかもこのロマンス、彼の清浄歓喜団と密接に結び付いている。

次ニ團トハ、此ノ大臣ノ志ヲ后ニ通ジ奉ル時、此ノ團ノ中ニ艶書を入レテ后ニ奉リ、之ニ依リ、常ニ之ヲ好ミ、之ヲ得ル時ニ歡喜シ給フ。故ニ歡喜團ト號スル也。(『渓嵐拾葉集』)

なるほど、ラブレターが入っていたから、「歓喜団」ということか。
聖天様の好むスィーツは、「甘いささやき」でもあったのだ。

(研究員・遠藤純一郎)

蓮佛研(偽連載)コラム第二回「聖天様はスィーツ好き」

清浄歓喜団は生天様のお供物ということ、一応に了解することになったわけであるが、確かに不空訳『大聖天歡喜雙身毘那夜迦法 』にも「復た酥蜜を麨に和して團を作し、及び蘿蔔根并びに一盞の酒、及び歡喜團、時に新たなる花菓等を用ふ。」とあるので、それが印度由来であることに間違いは無い。現在、彼の国インドでは、ガネーシャ(聖天)の供物としてモーダカが広く捧げられているようで、ことに揚げたモーダカなどは清浄歓喜団とそっくりだ。

現行の本場のレシピを見てみると、中の餡にはココナッツを主原料に、その半量に相当する砂糖、それにカルダモンやナツメグなどのスパイスを配合するとのことで、なかなかにスィートでスパイシーな仕上がりを見せている。片や、日本の清浄歓喜団も負けていない。龜屋清永さんに曰く「7種類のお香」が配合されており、なんとも荘重なスパイシーさが演出される。とは言え、貴種な方々のお好みか、甘さはずっと控えめだ。果たして聖天様はどちらがお好みか。

『渓嵐拾葉集』に言う。
一。聖天供用意事
或ル東寺ノ眞言師ノ云ハク。或ル行者、眞如法性、或ヒハ理智ノ本源、或ヒハ兩部大日、或ヒハ境智冥合ノナント觀念シタリケレバ、本尊示現シテ云ク。アラ眞如クサヤ。只ダ甘物ヲタベカシト示サレタリケリト。

聖天様ときたら、「眞如法性」「理智ノ本源」「兩部大日」をよそ目にずっとスィーツがお好みの様子。いやいや聖天様の本地と言えば十一面観音とのこと。いかに好物を目の前にしたところで、仏教最高の真理に目もくれないなどということはないはずだ。時代はずっと下がるが、西川如見の『町人嚢』で「しかるに今代の出家は、われましにうづ高き道理を説ききかせ、さとりくさき事共を町人・百姓に教へて、地獄死後になしなどゝいひきかするゆへに、今代は無学の女人童子も、地獄の沙汰などはおかしく思ひ、百千人の中にも、信実ありと思ふ人は稀也。」などと言う。どうやら我が国では長きにわたり「くさきこと」を嫌うらしい。「いかにも真理めかしいことより、ずっとスィーツの方が美味しいよ。」聖天様なりのお茶目な説教と受け止めておこう。

とは言え、スィーツ好きはもとより鉄板のようであるから、聖天法御修法の折には是非とも砂糖の予備をお忘れなく。

(研究員・遠藤純一郎)

*Ganesh Picture from © 2011 Printable Colouring Pages

蓮花寺佛教研究所紀要第八号公刊のお知らせ

蓮花寺佛教研究所紀要第八号が公刊されております。

主要大学図書館等に収蔵されておりますので、ぜひご覧ください。

第八号目次

乾 英治郎
芥川龍之介における仏教的〈地獄〉表象 ──原家旧蔵品との関わりから──

的場 匠平
近世公家社会における葬祭と寺院

森  和也
近世日本における神儒佛三教関係の再検討 ─その排他と共存の構造─

小塚 由博
書簡の伝達者としての僧侶 ─張潮の交遊関係を手がかりに─

遠藤純一郎
中世伊勢神道に於ける「正直」(その1)
─神道五部書に見られる「正直」をめぐって─

今井 秀和
夢野久作『ドグラ・マグラ』における日中〝死美人〟説話の摂取
──『九相詩絵巻』から「長恨歌」まで──

伊藤 尚德
結婚する僧侶 ─近代における僧侶妻帯論─

松本 紹圭
浄土真宗本願寺派寺院における門徒による菩提寺に対する評価と分析

小林 崇仁
勤操の生涯(二) ─朝廷との関わり─

山野千恵子
ナーガールジュナとヤクシニー ─聖者伝説の展開と地域化─

紀要に関するお問い合わせは、office@renbutsuken.orgにてお願いします。

蓮花寺佛教研究所紀要第七号電子版

蓮花寺佛教研究所紀要第七号電子版を公開いたします。

pdficon蓮花寺佛教研究所紀要第七号

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  1. 上掲PDFファイルは研究・教育目的での個人使用に限り、自由に閲覧・印刷することができます。
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蓮佛研(偽連載)コラム第一回「清浄歓喜団は団体ではない」

京都は東大路を北行し、八坂神社にさしかかる手前に、毎度気になる幟旗が有った。

「清浄歓喜団 調進所」

龜屋清永さんが掲げたものとは直ぐに合点はいったが、

「清浄歓喜団ッテナンダ?」
「ナニカノ団体ナノデアロウカ」

と思う間に、バスはすんなり通り過ぎてしまうので、視界から遠ざかると共に、そんな疑問もすっかり霧散してしまっていた。

ここのところ、神道と仏教の邂逅に「魔改造」な魅力を覚え、ついぞ読むことは無かろうと高を括っていた『渓嵐拾葉集』に手を出すにまで至ってしまった。その中に「聖天祕決私苗」として、

一。此ノ天ニ酒・蘿・團ノ三種ヲ供ス事
示シテ云ク。酒ニハ消毒ノ用ガ有ルガ故ニ、此ノ天ノ因位ニ之ヲ服セシム。又、酒ニハ即チ和融ノ用ガ有ルガ故ニ、之ニ供ヘ奉ル。又、之ヲ服スレバ、五體身分ニ智慧ノ光ヲ遍クシ、法界ニ遍クスル事ヲ標スル也。次ニ團トハ、此ノ大臣の志ヲ后ニ通ジ奉ル時、此ノ團ノ中ニ艶書を入れて后ニ奉リ、之ニ依リテ常に之ヲ好ミ、之ヲ得ル時ニハ歡喜シ給フ。故ニ歡喜團ト號スル也。因位ノ好物ナルガ故ニ、之ヲ供スル時ニハ必ズヤ悉地ハ成就スル也。故ニ大事行法ノ時ハ所念ノ事ヲ書キ、必ズ此ノ團ノ中ニ入レル也。深ク之ヲ思フベシ。

という、聖天様の供物を解説した箇所に出くわした。なるほど聖天様は「酒」「大根」「団子」が好きなのだな、なかなかに奇妙な食い合わせだと思ったところ、その「団子」が「歡喜團」だと有るではないか。

「団ハ団体ヂャナイ、団子ダッタ」

と、やっとのことで疑問が疑問らしく氷解した。

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当の龜屋清永さんのページを見てみると、既に次のような紹介が記されていた。

略してお団と言い、遠く奈良時代、遣唐使により我国に伝えられた唐菓子の一種で、数多い京菓子の中で、千年の歴史を昔の姿そのまま、今なお保存されているものの一つであります。
唐菓子とは「からくだもの」と呼ばれ、仏教と共に我国へ伝わり、天台宗、真言宗などの密教のお供えもので、当時は、とても一般庶民は口にすることは出来ず、貴族のみに与えられたものであります。
七種の香を入れて包み、そのほのかな神秘な香は仏教で言う「清め」の意であり、八つの結びは八葉の蓮華をあらわし、形は金袋になぞらえ、たぎった上質の胡麻油で、揚げてあります。
伝来の当時は中身は栗、柿、あんず等の木の実を、かんぞう、あまづら等の薬草で味付けしたらしく、小豆餡を用いるようになつたのは徳川中期の後であります。
弊店はその秘法を比叡山の阿闍梨(あじゃり)より習つたと伝えられ、月の一日、十五日を中心に調製します。勿論精進潔斎の上調進することは昔も今も変わりはございません。

なるほど、「清浄歓喜団」は伝統的な上に、更に宗教的な菓子なのだとまでは分かった。しかし、物が物だけに、実際に食べてみないことには始まらない筈だ。

龜屋清永さんに曰く「お味は、こしあんに「清め」の意味を持つ7種類のお香を練り込み米粉、小麦粉で作りました生地を金袋型に包み純正の胡麻油で二十分、揚げて作ったお菓子でございます。」

確かに間違いない。なにしろ今も、塗香のような香りで口の中がいっぱいだ。

(研究員・遠藤純一郎)

2015年度研究助成募集のお知らせ

蓮花寺仏教研究所は、仏教を中心にアジアの宗教、思想、文化を研究する機関です。当研究所では、この度、龍虎山能滿寺より助成を受け、人文研究に従事する優れた若手研究者を支援するために、研究助成の公募を行うはこびになりました。

1. テーマ 

蓮花寺佛教研究所では、仏教をはじめとするアジアの宗教が、様々な時代、地域の中で、社会的諸要素と関係しあいながら、どのように人間、社会、文化を形成してきたのか、あるいはその中でどのような変容を遂げてきたのかという研究課題に取り組んでいます。この研究助成は、アジアの宗教、思想、文化を研究する優れた若手研究者を支援し、この分野の研究を促進することを目的としています。「仏教と社会の関わり」に関する研究であれば、課題に制限はありません。仏教学はもとより、歴史学、社会学、文学、思想史等、様々なアプローチによる独創的な研究をお待ちしています。

2. 募集人数

一名

3. 応募資格

応募時点で40歳未満の大学院生か大学院修了者。

国籍は問いません。個人での応募に限らせていただきます。

選考の結果、該当なしとさせていただく場合があります。

4. 助成期間、助成金

二年間 合計30万円

(その他、研究発表手当(1万円)及び紀要原稿料(5万円)が支給されます。)

5. 締切 

2015年9月30日

6. 応募方法

応募エントリーフォームに必要事項を記入の上、研究業績一覧(形式自由)、研究計画書(形式自由)、過去に発表した論文(1~3本程度)を添付し、9月30日までに下記の住所に郵送して下さい。締切日消印有効です。

7.義務

採用者には、能満寺でのスピーチ(一年目一回)、蓮花寺仏教研究所での研究経過報告(二年目一回)、紀要への論文発表(二年目一回)を行っていただきます。

8.発表

2015年10月30日

採用者の発表は本人に通知するほか、蓮花寺仏教研究所のホームページにおいて行います。

2015年11月23日に龍虎山能滿寺(栃木県宇都宮市駒生町1870 交通費実費支給)において20分程度のスピーチを行っていただきます。

9.問い合わせ・送付先

info@renbutsuken.org

144-0051 東京都大田区西蒲田6-13-14 蓮花寺佛教研究所

主催:蓮花寺佛教研究所      後援:龍虎山能滿寺

蓮花寺佛教研究所紀要第七号公刊のお知らせ

蓮花寺佛教研究所紀要第七号が公刊されております。

主要大学図書館等に収蔵されておりますので、ぜひご覧ください。


第七号目次
伊勢 弘志
仏教と現代社会 ―近代日蓮主義を事例とする「顛倒の論理」の考察―

遠藤 純一郎
鈴木正三の思想 ―「正直」をめぐるエピステーメーの基礎研究として―

今井 秀和
妖怪化する仏像 ―江戸期〝仏像信仰〟の副産物―

伊藤 尚徳
大乗の理念と社会的実践 ―三階教無尽蔵院の事例から―

松本 紹圭
日本の伝統仏教寺院が抱える運営上の課題と解決策に関する調査分析

小塚 由博
明清文人と仏教 ―張潮と僧との交遊関係を中心に―

小林 崇仁
菩薩としての徳一

山野 千恵子
死者の蘇生 ─『カクシャプタ・タントラ』の呪術世界─


 

紀要に関するお問い合わせは、office@renbutsuken.orgにてお願いします。

蓮花寺佛教研究所紀要第六号電子版公開

蓮花寺佛教研究所紀要第六号電子版を公開いたします。

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