仏教と経済 6
金曜日, 9月 28th, 2007これまで、戦後に展開された仏教教団の民衆教化の端緒を窺ってきたが、ここで注意を要するのは、先ず仏教の教化が宗教的に内発されたのではなく、それよりも先に収入源として見込まれた点である。
これまで、戦後に展開された仏教教団の民衆教化の端緒を窺ってきたが、ここで注意を要するのは、先ず仏教の教化が宗教的に内発されたのではなく、それよりも先に収入源として見込まれた点である。
仏教が説く解脱や涅槃の境地は、他者に対して論理的或いは経験的に実証しつくすことは不可能である。儒家や道家に説かれる道にしてもそれは同じである。聖人たちは説き方が違いこそすれ、現象の根源に本源的な何かを直観している点では共通する。キリスト教やイスラム教は唯一の神という存在を規定しているため、インドや中国、日本の伝統思想とは肌合いを異にするが、多様な現象の奥に一つの何かを設定する発想は類似している。
日時:2007/8/24(金) 13:00-17:00
場所:蓮花寺佛教研究所
参加者:遠藤祐純先生
遠藤純一郎、遠藤祐介、小林崇仁、山本匠一郎、山野智恵
日時:2007/7/18(水) 13:00-17:00
場所:蓮花寺佛教研究所
参加者:遠藤祐純先生
遠藤純一郎、遠藤祐介、小林崇仁、山本匠一郎、
高橋秀城、山野智恵