ハンブルグだより 文献学の方法と問題3

写本の校訂といったような仕事は、日本では、研究の基礎作業として見なされ、それ自体で評価されることがあまりないようですが、ヨーロッパでは、研究業績として高く評価される傾向があるようです。

この評価の相違には、それなりの理由があります。これには、東アジアとヨーロッパの「校訂」作業の方法論の相違が起因しているように思われます。

東アジアにおける「校訂」作業は、まず底本を決め、これをもとに、他本との相違を註に記していく、という方法が基本となります。諸本との対校から、明らかな誤字が訂正されることがあっても、校訂者の解釈が入り込んでいるような校訂は、「使いにくい」テキストとして、あまり好まれません。

近年発刊された大蔵経に、中華大蔵経があります。これは12世紀に刻印された「趙城金蔵」を底本にしており、他の8種類の代表的な大蔵経を対校しています。底本といっても、大正蔵のように、校訂テキスト作成のための底本としたのではなく、「趙城金蔵」の影印版に、その他の版本の校異を末尾に箇条書きに付す体裁をとっています。大正蔵の時代には入手され得なかった版本を使用していること、また、校訂者の「読み」に起因する要素が極力排除されていることから、「使いやすい」テキストとして、研究者に参照される機会が増えてきているようです。

また、新資料の発見に際して、「翻刻」という体裁で資料が発表されるのも、東アジアの特徴ではないでしょうか。資料をそのまま活字にtranscriptする「翻刻」は、新資料を公にするという意味で高く評価されますが、逆にヨーロッパでは、transcriptionは研究の基礎作業として見做され、翻刻という形で資料が個人の研究業績として発表されることは、あまりないようです。

山野 智恵

Say Something

This blog is kept spam free by WP-SpamFree.