ハンブルグだより 文献学の方法と問題4

日本では、校訂テキストが資料として読まれ、使いやすさを基準に評価されることを、前回書きました。この資料としての「使いやすさ」という点から言うなら、ヨーロッパの校訂テキストほど、使いにくいものはありません。

ヨーロッパにおける「校訂」は、特に底本を定めず、諸写本のうちから、校訂者が、内容、文法、韻律等の上から、最も「妥当」であると思われる読みを確定していく、という方法が基本となります。底本を決め、これをもとに、他本との相違を註に記していく、東アジアの「校訂」作業に比して、校訂者の解釈が入る余地が高く、その分、校訂者の力量が問われることになります。そのため、ヨーロッパでは、校訂といった仕事が、個人の研究業績として高く評価される傾向があるのだと思います。

校訂テキストを作成するに際しては、ラテン語の略号記号を用いたアパラトゥス(apparatus)と呼ばれる形式の脚注を付していきます。底本を定めないので、まずは、自分の確定した読みを支持している写本のリストをあげ、次に、異なる読みを採用している写本のリストをあげます。

例)

    tathā]  L2 K2 4 6 9 11,   tena L1, tasya K1, om. K3

      ⇧                      ⇧                              ⇧

自分の読み   支持している写本    異なる読みの写本

こうした脚注の形式、一つをとっても、ヨーロッパのテキスト校訂が、より校訂者の主体的な「読み」を重視していることが、わかると思います。そのため、ヨーロッパの校訂テキストを、日本の感覚のままで、資料として用いることには、注意が必要になるといえます。

山野 智恵

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