蓮佛研連載コラム「〆切地蔵」第2回「死んだはずだよ」

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死んだはずだよ

明け方、布団の中でまどろんでいると、色々な物音が枕の横を通り過ぎていく。我が家の周りには、自転車に乗りながら無遠慮な音を発する愉快な連中が多いのだが、早朝から数年前のJポップを奇妙な裏声で歌われたり、大声で携帯電話を使われたりすると、本人たちは愉快なのだろうが、こちらは少々夢見が悪い。

しかし朝の口笛だけは、なんとなく許せるような気がする。ある日の朝、ギコギコと自転車を漕ぐオッサン(多分)の口笛を聞きながら、夢うつつに、どこかで聞いたメロディだよなぁ、と考えていた。

「……死んだはずだよ」 記憶がささやく。

そう、その口笛のメロディは、春日八郎が歌った昭和のキラーチューン、「お富さん」(1954)なのであった。「死んだ筈だよお富さん 生きていたとはお釈迦様でも知らぬ仏のお富さん」で有名な歌謡曲である。「死んだはずだよ」の部分だけ切り取ると怪談のタイトルみたいだが、歌詞の内容とは裏腹に、どこか間の抜けた明るい曲である。

「お富さん」は、歌舞伎『与話情浮名横櫛よはなさけうきなのよこぐし』の一幕を題材にしている。親分の妾だったお富さんと、やさぐれ者の若旦那・与三郎が互いに好きあうものの結ばれず、お富さんは入水に至る。ところが三年後、九死に一生を得ていたお富さんと与三郎は偶然にも再会する。そこで出てくる台詞が、「死んだと思ったお富たぁ お釈迦さまでも気がつくめぇ」である。

古今東西の、<死>によって別たれた男女には、死者と生者がいっとき結ばれてしまう『牡丹燈籠』的な怪談(実は死んでた!系)もある。『ロミオとジュリエット』的な悲劇(実は死んでなかったのに!系)もある。お富さんは、実は生きてた!系奇談ヒロインの筆頭に数えられよう。面白いのは「お釈迦様でも気がつくめぇ」の部分。お釈迦様がすべての生死をきっちり管理していては擦れ違いの悲恋も生じないわけで、その意味で与三郎の発した皮肉は的を射ている……のかも知れない(口笛)。(研究員・今井秀和)

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