蓮佛研(偽連載)コラム第七回「儒者がいなかったので「三笑」にはならなかった件」

SDIM0455和歌山を訪れた折り、伊藤正敏氏の『中世の寺社勢力と境内都市』の読後ということもあって、昔日の軍事コンツェルンを見てみたくなった。

そう言えば、はるか昔に一度ばかり訪れたことも有ったが、さして強烈な興味が有ったわけでもなかったので、殆ど失念したにも等しかった。それでも、境内一面の草原の広がりは、その特徴的な景観故、当時の情景を闡明に呼び起こすに十分だった。
そうだ、修行時代の研修で覚鑁SDIM0453上人に法楽を捧げに来ていたのであった。
根来寺の隆盛は建築物の規模から容易に推測されるが、そこに留められた記憶を現実の光景からたぐり寄せることは難しい。無造作に広がる境内に、参拝客は私と蝗虫を除いて見当たらなかった。

SDIM0489さてさて、粉河寺はどうなったのだろうか。

同時期に隆盛を誇った粉河寺は、今も整った構えを見せてくれた。SDIM0492本堂に掲げられた額を伺うだけでも、根強い信仰に支えられている様子が分かる。熊野に次いで観音西国霊場二番札所であるのだから、当然と言えば当然なのかもしれない。

境内をひとしきり巡ると、SDIM0499本堂左手奥に産土神社が見える。不思議と何か惹かれるように鳥居をくぐった。境内も社殿も特別変わった点が有るでなく、はて、何故にわざわざ参ったものかと訝しくも思いつつ、ひとしきりお参りを済ませると、不意に声をかけられた。
「何処からお参りですか?」
SDIM0501山仕事を終えたような出で立ちのおじさんが笑顔で近づいてくる。
「こんな成りですが、ここの神主です。」
「!!! あの・・・ 私もこんな成りですが、僧籍を持つ者です。」
期せず、互いに声をあげて笑った。
休憩の時間にするからと、社務所に誘われ、良く冷えたヤクルトなどの接待をいただく。

神社で護摩木を供することは一般的であること、神具や仏具のお焚き上げは粉河寺ではなく産土神社でやっていること、裏山から中世の貴重な出土品が発見されたこと。色々と話題は尽きなかった。中世の物品は今も色々と出土しているらしい。何でも、境内に遊びに来る子供たちが見つけてくるとのことだ。そう言えば、社務所の前に沢山の遊具が用意されていた。産土様は元気に遊ぶ子供らの声に何よりお喜びのことであろう。

IMG_0963大掛かりな法要やイベントも結構だが、こんな当たり前の日常に寄りそう神仏の姿にこそ、私は尊さを覚えてならない。葛城へ向かう車中、ジンワリとした心地良い余韻にしばし浸ることになった。

追伸
お土産に戴いた「お下がり」のカリントウは、ウチの近所で製造されたものでした。

(研究員・遠藤純一郎)

 

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