当研究所の研究成果を広く活用していただくために、蓮花寺佛教研究所紀要第二号収録論文を電子ファイル(PDF)にて公開いたします。下記利用条件をご確認の上、ご利用下さい。

中国仏教に於ける経済 –百丈懐海が転換したもの– 遠藤純一郎

中国仏教における経済の祖形について 遠藤祐介

『大日経』サークルの成立与件 山本匠一郎

日光開山・沙門勝道の人物像 小林崇仁

華厳教学と密教 –入唐家の顕密教判の視点から– 遠藤純一郎

初期の龍樹伝 山野智恵
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【利用条件】
- 上掲PDFファイルは研究・教育目的での個人使用に限り、自由に閲覧・印刷することができる。
- 論文の引用は著作権法に基づく引用の目的、形式に準拠する。但し、紙媒体『蓮花寺佛教研究所紀要』に基づき引用箇所を明示すること。
- 上掲PDFファイルの改変、転載、二次配布、大量印刷を禁じる。
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ここのところ、書籍の購入はすっかり通販のお世話になっている。欲しい資料が、どうしても中国書籍、しかも「要取り寄せ」という類いであるから、致し方ない。
一日に目に触れる言語は圧倒的に漢文が多く、平仮名・カタカナの抜け落ちた文章は、慣れた目にはずっと効率的に映る。既にこの世におられぬ中国人との対話ばかりしていては、さすがに現代日本に生きる日本人として必ずしも問題は無いとは言えそうになく、偵察がてらに地元の本屋に繰り出した。
大陸や台湾の書店とは言えないまでも、私の興味を惹くジャンルを些か取りそろえている書店が近所に在るのは喜ばしい。時折、相当に専門的な本も置いてあるから、バイヤーの心意気に感服する。とは言え、勿論一般書店であるから、平積みは基本的に売れ筋をラインナップしている。そこは普通の本屋と全く変わりはない・・・はずだが、平積みのコーナーに「ニーチェフェアー」のポップが躍る。なんともミスマッチな組み合わせに、そもそも何処の音節で区切るべきかさえ覚束なかったのであるが、哲人ニーチェの書籍がずらりと並ぶ書棚を見て、どうにかその意味を解した。
しかしそもそも何故に「ニーチェ」で「フェアー」なのか?
新刊『超訳ニーチェの言葉』がどうもタネのようだ。平易な翻訳で好評を博していると聞くが、あの「ニーチェ」が売れるとは存外であった。否、これは寧ろ私が日頃抱く漠然たる思いにリンクしているように思い直された。現代日本の社会を見回してみるなら、悪しきニヒリズムが大口を開けて待ちかまえているように、私は思う。もしもそうであるとするなら、ニーチェが売れるということも、あるいは合点がいくことなのかもしれない。
停滞する経済状況の中、派遣労働を始めとする労働の在り方をめぐって矛盾が噴出して来た。それはまさしく経済の合理性を追求した結果であって、構造的不平等も自己責任の名の元に、人間の使い捨てを正当化させることに成功した。これは単純労働に特化された現象というわけではない。私の周囲を見回して見ても、それと決して無関係ではない。最近になって少しく報道される機会も有るが、学的に訓練された人物の将来は決して明るくない。自己韜晦的に「野良博士」と称するのも、あながち的を外した表現とは言えないだろう。もはや「末は博士か大臣か」との言葉も、現代日本に於ては呪詛にも近いニュアンスを持つことになるかもしれない。
経済学の科学性を担保するために失われた人間性を、経済学の人間観に回復しようと努めたのはアマルティア・センの功績であろうか。しかし、すでに丸山真男の指摘したとおり、根底の哲学を喪失した経済学がタコ壺形の専門性をいまだに保ち続けているとしたら、形而上学の不在が告げられねばならない。なにはともあれ、経済上の理由が我が国で最も説得力を持ち続ける現状では、この国の人間観・世界觀をどのように考えたら良いのだろうか。行政が率先して提唱した「美しい国」のスローガンさえ、一人の夢想の範囲を超えることはなかった。
私は現代日本を襲うニヒリズムはひどく深刻なものと見積もっている。未だに凄惨な映像を忘れることのできない秋葉原事件。そして土浦連続殺人事件。犯人の殺意の対象は「誰でも良かった」。誠に勝手な利己的な犯意と言わねばならない。それでは、翻って犯人は果たして確固たる「誰か」であったのか。ニヒリズムの狂気は確として顔をのぞかせた。
一方、社会はこの問題を刑罰論にすりかえた。犯罪抑止の理念はなりをひそめ、そこには復讐的心情が支配している。勿論、当の犯人自身が既に言っている。「自らが死ぬことを代償に人を殺すこともできる」、と。もはや制度的議論の範囲をとうに超えてしまっているのだ。
(遠藤純一郎)
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日時 3月25日(木)13:00〜17:00
場所 蓮花寺佛教研究所
発表者 遠藤純一郎
今月の研究会は、個人研究発表となります。木曜日開催となりますので、ご注意下さい。
皆様のご参加おまちしております。
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蓮花寺佛教研究所紀要第三号が完成しました。
〈共同研究〉
「仏教と経済」研究の視座
──中村元『宗教と社会倫理』批判から──・・・・・・・山野 智恵
僧と財とのあわい—無住の著作を手がかりとして—・・・・髙橋 秀城
日本古代における山林修行の資糧(一)─乞食・蔬食—・・小林 崇仁
〈個人研究〉
華厳教学と密教 ─空海入唐以前の在唐密教祖師の動向から─ 遠藤純一郎
鳩摩羅什門下の思想展開について—『易経』の力学—・・・遠藤 祐介
研究紀要に関するお問い合わせは
office@renbutsuken.org
までお寄せ下さい。
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日時:2010/1/20(水) 13:00-17:00
場所:蓮花寺佛教研究所
参加者:遠藤祐純先生
遠藤純一郎、遠藤祐介、小林崇仁、高橋秀城、山本匠一郎、
山野智恵
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[個人研究発表]
遠藤祐介「鳩摩羅什門下の思想展開についてー『易経』の力学 3」
概要:鳩摩羅什門下の中から僧肇、僧叡、竺道生の三名を採り上げ、彼らの『般若経』『法華経』『涅槃経』解釈に基づく思想の展開を考察した。ここでは、形而上ベクトル、形而下ベクトル、またこれらを総称する『易経』ベクトルという術語を用いて、羅什門下の思想展開を説明することを試み、鳩摩羅什門下における『法華経』『涅槃経』への傾倒は、『易経』に見られる形而下ベクトルへの探求に導かれたものであったと結論した。
[共同研究発表]
小林崇仁「奈良平安初期における山林修行の資糧」
概要:山林修行の経済基盤を問うことは、仏教の根本的な理念である出家主義が、日本においてどう受容されたのか、そして古代社会において山林修行者がどのような存在であったのかという事について、より明確な視座を与えるだろう。今回は山林修行者たちの経済基盤に注目し、『霊異記』『六国史』をもとに、古代日本における山林修行の諸形態について分類した。当時の文献史料を精査すると、山林修行における経済基盤には様々な要素があることに気づく。山林修行者の活動や山寺の運営は、「乞食」「蔬食」のみでは成り立たず、法会による布施、篤信者からの寄進、所有する田地、さらには本寺の供料など、それ以外の経済基盤によって継続されうるものであった。
以上
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小春日和に誘われて、久方ぶりに街に出た。年末から新年にかけて何かと忙殺されていたので、ちょっとした気分転換が必要だった。さりとて無為に街をさまよい歩くというのも、何か手持無沙汰であるから、何処か気の利いた処は無いかと思案した。正午も過ぎてのことだから、あまり遠くには行けない。横浜の地蔵王廟は以前から気になっていたので、丁度良い機会であるから、出かけてみることにした。
最寄りの駅から京浜東北線に飛び乗ると、小一時間ほどで山手駅に到着する。そこは大層上品な住宅街の只中で、日常利用する電車がなにやらよそよそしく感じた。
こじんまりした駅舎を出て左手に進むと、駅名に恥じぬ坂道に次ぐ坂道であった。iPhoneのGPSをたよりに迷路のような小道を進む。途中バス通りを経由し、再び住宅街を進む。地図上ではそろそろ目的地の筈なのだが、そんな気配は微塵も感じられない。と思いきや、通り過ぎた小道を眺めると、そこに地蔵王廟の大門が脈絡無く聳えていた。


地蔵王廟は華僑墓地「中華義荘」にしつらえらえた堂殿だ。創建は明治25年(平成2年横浜市指定文化財)で、歴史文物としては比較的新しい部類になるが、その時代の中国様式の建造物は日本でも珍しい。建築資材の殆どを大陸で調達し、日本で中国人の職人らが組み上げたというのだから、実に本格的だ。それでも瓦だけは日本の職人の手になるとのことで、純正の中国様式とは言いがたいが、建物のスタイルを決して損なわず、上手く調和しているように見える。



廟に足を踏み入れると、中国の寺院そのものの空気が漂い、日本の地から切り取られた空間であるかのように錯覚する。
中央に祀られる地蔵菩薩も、鑑定によれば脱活乾漆像(光緒18年)で、作例の少なさから貴重な存在であるという。美術的な興味の薄い私としては、本尊に地蔵菩薩が祀られていることに惹かれる。安徽省は九華山を霊場とする地蔵菩薩は「冥界教主」として、熱心に信仰されてきた。日本でお地蔵さんと言えば、にこやかな路傍の仏をイメージするが、中国では閻魔王の本体、或いは地獄を統括する菩薩として知られる。そのため、九華山の信仰は、現世の罪を謝罪し後世をたのむ信仰が中心となった。


『中華全国風俗志』には「(安徽省では)香を焚いて参拝することを朝九華と呼んでいた。草履履きで粗末な服装、ざんばら髪でちりめんの布をかぶり、手には香盤を持ち、口に仏号を唱え、廟に行き当たったら拝み、橋に行き当たったら跪き、心には邪念が無く、わき目をふることもない。もしも少しでも怠けることがあったら、必ずや神の呵責に逢うという。朝になって山から戻っても、数日にわたり法事を営み、一連の行事を終えるのである。」とあり、参拝というだけでなく、恰も懺悔行のような体裁を有す熱烈な信仰が知られる。ほかにも『清嘉録』では「(蘇州一帯では)晦日(七月三十日)を地蔵王の誕生日としており、その日になると開元寺に集まり、地蔵菩薩の大願を讚えて線香をあげて参拝した。その際、女性が紅紙で作った裙を脱ぐという風習が見られた。曾て出産した女性は、その子供の数だけ裙を脱ぎ、他生で産厄を免れるように祈願した。また肉身灯をつけて、地蔵に報恩する者もいた。紙でできた糸紡ぎの道具・機織り道具を寺に奉納し、他生での財産とした。これを寄庫と呼んでいる。黄昏時になると、庭の階段に蝋燭を灯した。これを地蔵灯と呼んでいる。」と言うし、或いは『帝京歳時記勝』では「北京城内の寺廟は礼懺誦経して、また中に地蔵王と十地閻君の絵像を設けた紙製の船を作り、それを餓鬼に施すために、ひっきりなしに焚き上げていた。街中ではいたるところで線香を焚き、蓮灯を道端にともしてあった。その耀ける様は絵画のようだった。」とも有り、清朝の時代には、地蔵菩薩の信仰は九華山を中心に中国全土に広く行き渡っていた。阿弥陀仏でも観音菩薩でもなく、地蔵菩薩が鎮座するのも、このあたりの事情と関係が有るのかもしれない。
ここ「中華義荘」はもともと墓所ではなかった。客死した人を故郷に戻すための中継地点であったとのことだ。清末より多くの華僑が海外で活動しており、香港には遺体の搬送を専門とする船会社が有った。遠くはアメリカにまで定期航路を持っていたという。この船の来航を待つ間に遺体を安置する役が、当初の目的であった。
地蔵王廟の裏手には納骨堂と墓所が有る。今は改葬することなく横浜の地で眠ることが多いとのことだ。


帰路の途中、きらびやかな中華街に立ち寄った。正月が明けきらぬせいか、いつもより人は多くない。それでも商売熱心な華僑たちの活気に満ちていた。中華街がさながら陽の街なら、地蔵王廟は陰の街か。陰陽相俟って、華僑たちはたくましく横浜に根を張っている。
地蔵王廟・中華義荘の歴史についての詳細は『地蔵王廟 横浜市指定文化財地蔵王廟修復工事報告書』(財団法人中華会館 平成九年十一月)を参照されたい。当書は中華義荘管理室にて入手可能である。
またやや簡潔なものとしては、調査委員の一員であった稲葉和也氏が『横浜市・地蔵王廟について』(『学術講演梗概集』社団法人日本建築学会 1995年)とする論文を公表されている。CiNiiにて一般公開されており、入手に便利である。
(遠藤純一郎)
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日時 1月20日(水)13:00〜17:00
場所 蓮花寺佛教研究所
発表者 遠藤祐介、小林崇仁
今月の研究会は、今年度の紀要掲載予定論文のテーマにそった研究発表となります。
皆様のご参加おまちしております。
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日時:2009/12/21(水) 13:00-17:00
場所:蓮花寺佛教研究所
参加者:遠藤祐純先生
遠藤純一郎、高橋秀城、山本匠一郎、伊藤尚徳
山野智恵
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[個人研究発表]
遠藤純一郎「華厳と密教 不空門下の阿闍梨を中心に」
概要:中国における華厳と密教の関係をめぐる一連の研究の一環として、今回は不空門下の恵果をとりあげ、密教における華厳摂取の動向を考察した。まず、不空門下における恵果の位置づけを確認し、次いで海雲、空海の記述と、撰者不明『大唐青龍寺三朝供奉大徳行状』から、恵果の思想を探った。不空の訳場において、密教を一乘仏教と連絡させようとする傾向が見られたことはすでに確認したが、この状況を踏まえ、
不空門下の阿闍梨らによる華厳経学の導入を想定するなら、それは恵果の手によりなされたと想定するのが妥当であろう。
[共同研究発表]
山野智恵「「仏教と経済」研究のperspectiveー中村元『宗教と社会倫理』批判から 2」
概要:中村元の近代的仏教解釈の特徴をあげ、その方法論上の問題点を、『宗教と社会倫理』を例にあげて検討した。最初に、中村のマックス・ウェーバー理解に見られる、戦後民主主義思想における『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』受容の問題を論じ、次いで、カースト否定と平等主義、カリスマ排除と合理主義、資本主義の精神、布施と社会福祉、という四つのトピックから、中村が描いた「普遍的宗教」としてのインド仏教の問題点を論じた。
以上
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